海老で鯛を釣る。ザリガニでジュースを釣る。
Publish2014/05/08(木)
今日は少しどうでもいい感じの事を書きます。
最近真面目に書きすぎたので、少しゆるめの話題を持ってきて心の均衡を保ちます。
さて、タイトルの件ですが、何の事か分かりませんよね。
GW中に、子供達とザリガニ釣りに行ったのですが、そこで少し面白い事があったので、その事を紹介しつつその裏側にある色々な心理について考察してみようと思います。
「海老で鯛を釣る」のことわざが若干実現したある日の出来事
先日長男の強い希望で、近所の用水路みたいなところにザリガニを釣りに出かけました。
ここは以前から地元では知っている人は知っているザリガニ釣りスポットで、去年も釣りに行って僕たちはそこにザリガニがいるという事を知っていたわけです。
なので、釣り竿と餌を用意し、準備万端釣りをしていたわけです。
そこに、少年とそのおかあさんが現れました。
僕たちが何かをしている様子が気になったらしく、「何をされているんですか?」と話しかけてこられました。
「ここでザリガニがつれる事」、そして「今ザリガニを釣っている事」を説明すると、子供は興味津々です。
うちにはすでに6匹もザリガニがいるので、今日釣った分はそのままキャッチアンドリリースするぞと約束していたのですが、釣れたらその子供にあげる事にしました。
この時点で、僕らからすると持って帰る必要もないザリガニは、その子供へのプレゼントに変わっています。
その子供は家が近所らしく、途中でおしっこをしたくなったのか家に戻りました。
その間も、近所の他の子供達も合流してザリガニ釣りを楽しんでいました。
でも、子供はすぐに集中力がなくなるものです。
飽きてきたのかつまらなさそうな顔をしだしたので、そろそろ帰ろうかという話になった頃、お母さんが戻ってきました。
約束していたので、釣れたザリガニ2匹をプレゼントしたんですが、お母さんはご丁寧にも家からジュースを持ってきて交換してくれる事になりました。
こちらはそういうつもりではなかったのですが、話を聞くとザリガニを通販で購入しようとしていたそうなんですが、売り切れで買えなかったそうなんです。
そこに、あげるという人が現れてうれしかったので、ぜひジュースでもと持ってきてくれたのでした。
こうして、ただ単にザリガニを釣っていただけのはずが、ジュースをゲットして帰る事になりました。
まさに「海老で鯛を釣る」ならぬ「ザリガニでジュースを釣る」になったわけですね。
物々交換という経験から思う、物の価値と基準
と、余談が長くなりましたが、ここで考えられる事があります。
僕たちからすると「価値のない」ザリガニがジュースに変わってラッキーだったわけですし、そのお母さんからすると欲しかったザリガニ「欲しがっていた価値があるもの」がジュースで手に入ったわけで、お互いに取って納得できる取引だったわけです。
今回はお金を介さずに、物々交換という形での出来事ですが、貨幣ができる以前(お金という価値を測る基準ができる)以前の昔ではごく一般的に行われていた物々交換はこのようなものだったのではないでしょうか。
お互いが望むものを、その物を持っている人と物が欲しい人の「それぞれの価値観」に照らし合わせて適正かどうかを測る作業。
現在ではその役割を「お金」という価値基準で測る事でより取引が行いやすくなった反面、それぞれの物の「個人の価値観で測った」価値までは判断できません。
昔ながらの物々交換も、そういう面で考えると「交渉をするという事、人の心や相手の気持ち・心理を考える事」につながるいい経験だったなと思えます。
そして、これって結局は商売の基本というか、需要と供給の話にも通じる、ビジネスの基本だと思うんですよね。
ザリガニをジュースと交換して、そんな事を考えていました(笑)