普段と違うことをする
Publish2015/11/20(金)
今日は以前から気を付けてはいたけど、最近特に気をつけるようにしている考え方の「普段と違うことをする」ことについて書きます。
普段と違うことしてる?
いきなりですが、僕も今年37になり、もう僕とかいうのも終わりやななどと考えるような年になってきたおっさんな訳です。
このくらいの年になると、ぬるま湯につかる生活が楽というか、これまでの経験である程度そつなくこなせるようになってきたりする訳です。
得意なことはもちろんですが、不得意なこともさらっと流す方法を知っているというかそういう感じ。
ちょっと話が脱線しますが、さらっと流すで思い出した人がいます。
最近ではめっきり名前を聞くことがなくなった「ムーディー勝山」さんです。
以前住んでいたマンションのエレベーターホールで、近所の小学生に「このおっさんめっちゃムーディー勝山にてるやんw」と笑われた事もあり、僕としては忘れる事ができない人ですが、ムーディー勝山さんが歌っていた右から左に受け流すの歌のように多少の面倒ごとはさらっと処理できるような器用さというか小狡さのようなものは年齢を重ねる事で覚えてきます。悲しいかな。
話を本筋に戻します。
年をとるというのは、こんな感じで楽を求めると比較的簡単に楽になれます。
でも、そうしていると知らぬ間に世間の流れから取り残される感じになるんです。
毎日少しづつ変わっているので、その変化を意識する
このブログでも度々書いてますが、今の時代は流れがとても早いです。
つい5年前まであった仕事が今はほとんどなくなっていたり、逆に新しい職業や仕事が生まれていたりと、確実に変化が起こっています。
しかも厄介な事に、その変化は毎日少しづつ、しかも確実に積み重なっています。
毎日一緒に過ごしている自分の子供の成長を振り返って考えてみると、以前と比べて成長したなーって思う事がありますが、その小さな変化は毎日だと気づきません。
1年後とかそのタイミングで、変わったという事に気付くくらい普段の小さな変化は見過ごされます。
なので、その変化を感じようと思っても難しいわけです。
であれば、自分自身がその変化の中に身を投じることで、世間の変化に対応できるようになるんじゃないでしょうか。
そのために必要なのは「変わろうという思い」と「変わるための行動」だと僕は思っています。
具体的にいうと「これってめんどくさいからスルーしようかなー」という気持ちを「めんどくさいけど、とりあえずやってみよっかな」と思う事、「めんどいから誰かに任せてお願いしよう」という行動から「めんどいけど今まで経験してないからとりあえずできるところまでやるか」と行動してみる事とかではないかなと思います。
普段と違うことをすることによる効果
先日クラウドワークスで仕事をした際にもそう考えていたわけですが、僕は定期的に「自分を追い込むプロジェクト」を勝手に自分の中だけで開催しています。クラウドワークスで仕事をしてみようと思ったのも、これまで経験していない事を実際に経験してみて体感し、そしてその体験から自分なりの正解として評価が行える状態になるからと言うのが大きいです。
世の中には、知っているようで知らない事というのは非常にたくさんあります。
特に、自分の専門分野だと思っているあたりの界隈でも知らない事はかなりたくさんあるわけです。
知ったかぶりをして右から左に受け流せばそれなりに上手くやれるとも思いますが、それだとそこから先が辛くなるので、先に辛いかもしれない事をやっておく事であとから辛くなるという可能性が減ります。
僕はだいぶ前から「めんどくさい」が人生最大の敵と位置付けて敵対視しているところがあるんですが、「将来的にかなりめんどくさくなる事が嫌やから、今の少しめんどくさい事をしておこう」という考えで行動しています。
めんどくさい事が嫌いなので、そのめんどくささを打破するためにするめんどくさい事だったらすすんでやるという矛盾した感じではありますが、そのくらいの気持ちで行動する事で将来のめんどくささ予防になるわけです。
これはマイナスを減らすスタンスでの行動ですが、「普段だったらしない事」をあえて進んでやるというのはマイナスが発生してもプラスに変える事ができるようになるスタンスでの行動だと思います。
普段違う事をするということは、慣れない分無駄な行動も発生しますが、その無駄から気付くこともあるので、個人的にはこれからも続けていくこうと思っています。